台北へ着いた翌日は、大変天候に恵まれたため、
思い切って、台北から少し離れて、茶畑のある猫空地区の茶芸館お茶を飲みに行くことにしました。

今回の旅行では、一週間すべてフリーです。
今まで、よくツアーになっている街などは、ほぼ行ってしまったので、今回は少しゆっくりと自分たちなりに台湾を楽しもうということで、行く場所は、その日に思いついたところへ行くということにしていました。
いろいろ訪ねてみたとはいえ、いつも必ず痛感するのは、またその場所へ行きたい!と、思えるほど、おいしい食べ物、まだ行っていないおいしいお店がひしめいていて、私はまだ何も知らないんだ、と思ってしまうことなんです。
何回町を訪ねたかというよりは、どこの店の、何を食べたか?という情報交換がとっても重要で、もうあとは、どんなおいしいものに出会えたかは、そのときの運任せです。
でも、それは私だけではないらしく、地元の人もそう思っている人が多いらしいので、台湾て、いろんな人が一生懸命努力して、おいしいものを作ったり、新しい料理を開発したり、老舗が信念を持って味を守り続けていたりと、「生きる」とか「生きてゆく」ということに対して、無心に取り組んでいるんだなって感じるんです。無心に頑張っているから、面白い!と思うものがたくさん生まれる。ような気がする。台湾は不思議な場所。
台湾は、どのお店に入って、何を食べても、ほとんどハズレがありません。
ましてや、行列の店、地元の人で賑わう店、直感で「おいしそう♪」と思ったお店や食べ物は、みんなおいしいと思ったらいいと思います。
あとは、どれだけトライできる自分の胃袋か。ということぐらいでしょうか。
胃袋がもうひとつあったらなぁ。とじだんだを踏んで負けて帰ってくることが多いです。
今、台湾人の間でも台湾旅行が流行っているらしいんです。
そのことは、後々実感することとなるんですが、それはお楽しみに。

そうそう、話はそれましたが、茶芸館といえば、何度か台湾へ来ていても、ツアーのなかで無理やり連れて行かれた高い売店でもなく、喫茶店のカップで飲む茶でもなく、ましてやペットボトルでもない、本場台湾の茶芸館へ烏龍茶を飲みに行くのは初めてのことです。
いつも、台北の町や、観光地を駆け回っていたので、ゆっくりする時間が無かった。
今回は少し大人な過ごし方で楽しみたい♪

中国茶って、皆さんはもう召し上がったことがありますか?
日本茶を入れるものよりも小さな急須で茶をいれ、小さな飲杯(インハイ)(茶碗)でお茶をいただく前に、独特の小さな聞香杯(モンコウハイ)(香りを楽しむ茶器のこと。これで飲んじゃだめですよ♪)という茶器に香りを写して、残り香を楽しむんです。

日本茶よりも軽い味ですが、香りが豊かで、しかも、何回かお湯を足して同じ茶葉を使って飲むことができるんです。
中国茶の「香り」を楽しむという世界観、五感を使って、茶を「心」で入れる世界。
茶芸という形がありつつも、日本の茶道のように、作法には縛られず、
自由に、茶葉そのものと向き合って、茶葉が開く時間をゆっくりと待つひと時を楽しむ。
お茶を入れる人の、思っていることや、ふだんの心が、そのままお茶の味に移ってゆくから、中国茶は、物質を味わうものでありながら、必ずしもそれだけではないと、私は思っています。
すべてが現れてしまう。だからこそ、心を込めてお茶を入れる。その、入れてくれた人の「心」「香り」をたしなむ。そして、その香りの向こうに、お茶を作った人の純朴で素朴な心や、茶葉が育つ標高の高い山並み、自然のあるがままの流れ、穢れ無き、すがすがしい空気が見えてきます。そしてその自然の中に脈々と流れている中華民族の精神に直に触れている気がして、それらすべてを一口の茶の中に味わう幸せなひと時。
中国茶は、緩やかな時間と心と香りが一体になる優雅な世界。
(道)タオにも通じるような、幽玄な世界観を持っています。
知らず知らずのうちに引き込まれてゆくアロマの世界。
そのアロマも、「香り」の意味そのものが、時とともに変化してゆきます。